パーソナリティー障害の夫と39歳で結婚した「ことら」はどういう人?【自己紹介】

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はじめまして、ことらです。

私のブログに来ていただき、ありがとうございます。

そして、ことら はどんな人?と思ってプロフィールページを覗いてくれて、ありがとうございます。

 

このブログを通して出会った私とあなたの人生が、今よりも良い方向に進むことができる。

そういう風になることを信じて、私の経験と気持ちを込めてブログを書いていきます。

ぜひ、最後まで読んでいってください。

 

この自己紹介の記事は長めです。

最初から最後まで順を追って読んでいただきたいですが、ことらがどんな人生を歩んできたのかを把握するために、まずは目次をご覧ください。

はじめに

私ことらは、昭和50年代生まれの現在40代主婦です。

家族は旦那さんと保護猫ちゃんです。

結婚したのは39歳と遅めで、子供はいません。

旦那さんは逃避性パーソナリティー障害・不安障害・気分変調症などの精神的な病気を患っています。

現在の私は、

  • 契約社員として一般事務職
  • 病気の旦那さんのサポート
  • ネットビジネス

の3つのわらじを履いた生活をしています。

 

ネットビジネスの勉強は始めたばかりで、勉強時間は日によって異なりますが一日1~2時間。

その中で現在の実績は(2021年2月 現在)

収益が15,000円超え。

Twitterのフォロワーが1ヶ月で100人増。

現在も毎日5~10人は増えています。

 

でも、ネットビジネスって聞くとなんだか怪しい、詐欺っぽいと思いますよね。

私は当初、アフィリエイトの商品を紹介して収入を目指していましたが、自分がやっていきたいことを改めて考えた時にアフィリエイトではない、と気づきました。

そこからネットビジネスを勉強し始めました。

私の勉強しているネットビジネスというのは、ネット上に仕組みを作り、それを自動化して何年も売り上げが持続するビジネスモデルを作ることです。

仕組みで自動化を実現することで、

  • 会社勤めをしなくてもよい
  • 自宅で好きな時間に仕事ができる
  • 家族の具合が悪い時に側に入れる
  • 猫ちゃんの最後の時に立ち会える
  • 大切な人たちと過ごす時間が増える
  • 毎月の生活費に困らない
  • 自分や大切な人たちのためにお金を使える

このような人生を歩むために、勉強に取り組んでいます。

 

会社勤めを延々と続けていくことに、正直私は何も希望が見出せません。

毎月決められた給与をもらえることは安定しているかもしれませんが、

自分の時間や家族との時間、実際に勤務内容に見合っていない給与、ストレスだらけの人間関係…。

自分の人生が会社や仕事で振り回されてしまうのは、本当に求めている自分の人生とは程遠いのです。

【お金も時間も自由に過ごす】

そんなこと無理に決まってる!と決めつけては、今のまま何も変わることはないです。

会社の歯車の中、ストレスと愚痴にまみれた人生になっていきます。

そんな人生であなたは満足ですか?

私は自分の理想とする人生を歩むために、ネットでの仕組み作りに挑戦しています

地味でおとなしい、人見知りの幼少期

『地味で奥手で人見知り』

これは私の性格です。

小学生、いや、幼稚園の頃から人見知りが激しくて、友達の輪に入ることがとにかく苦手でした。

どちらかというと一人遊びが多かったです。

自分から声をかけるなんてできないから、いつも誰かに声をかけてもらうことを待っている。

授業中に手を挙げて意見言うこともできないし、先生からあてられると涙ぐんでしまうくらい泣き虫です。

結構苦痛だったのがお誕生日会。

人のお誕生日会に呼ばれるのはまだいいけれど、自分のお誕生日会をやる時は本当に嫌で嫌で。

だって、友達に声をかけて来てもらわないといけないじゃないですか。

自分から声を掛けるのが本当に苦手だし、しかも友達と呼べる子も2人くらいしかいないし。

でも、2人しか誕生日会に来ないと、親も心配するだろうし。

そうすると、別に仲良くないけど、クラスで同じように地味でおとなしい子に声を掛けて来てもらうんです。

なんか上辺だけの誕生日会。

苦痛だったなぁ、誕生日会。

クラスで話したことがある子もそんなにいないんじゃないかな。

学校って一人でいると余計に目立つから、休み時間に人気のないような所にいったりもしていた。

休み時間嫌だなぁ、早く帰りたいなぁ。

そいういう幼少期を過ごしていました。

青春と無縁な暗黒期~中学・高校~

中学生になっても相変わらず、地味でおとなしくて人見知りでした。

でも、中学生くらいになると、なんだかカースト的なところがでてきますよね。

私は女子には大丈夫だったのですが、なんか男子にはあまり受け入れられていなかったようで。

地味でおとなしいから、からかいやすかったのでしょう。

廊下ですれ違うと笑われたり、なんか避けられたり。

その頃から、人見知りにプラスして同い年の男子恐怖症みたいなものも発症していました。

絶対同い年の男子は好きにならない!(それは今でも続いていますが…)

だから、高校は同じ中学の人がいかない学区外の公立高校を受けたのですが、不合格。

滑り止めで受けた女子高に通うことに。

でも、男子がいない生活は私は有意義でした。だって意地悪してくる人がいないからね!

でも、高校時代も地味でおとなしい人見知りなので、クラスでも目立つことはなく。

クラスで話をする人は仲良くなったグループの3~4人くらい。

ただ、この頃は記憶力のピークだったらしく、試験は一夜漬けでだいたい覚えていけたので、成績は良い方でした。

(でも、一夜漬けで勉強しているので、普段の授業ではまったく答えられないという不思議ちゃんでもありました 笑。)

地味でおとなしい、同い年の男子は嫌いで、部活もやらずバイトもやらず。

高校生という楽しいはずの3年間はほぼ記憶に残っていないくらい、淡々とした毎日を過ごしていました。

この中学・高校の時期は本当に青春と無縁で、暗黒すぎて記憶がほとんどありません。

それくらい、私の中では思い出す必要もない期間となっています。

開花した大学生活

小学生、いや、幼稚園の時から高校生まで、ずっと地味でおとなしい人見知りな私ですが、一気に自分が開花する時がきたのです。

それが大学生の時。

女子高の3年間を過ごして、男子は苦手だけどずっと女子だけの空間もしんどい、ということがわかったのです。

それに、私は短大2年だけでなく、4年制の大学へ行って、将来はマスコミ関係の仕事がしたい!と思っていました。

一夜漬けの記憶力のおかげで、学校の成績は良かったので、大学は推薦入試を受けて、見事合格。

本当に、この頃の記憶力が一番良かったですね。

晴れて大学生。大学のキャンパス。

校舎も人も、全部がキラキラしていましたね。

そして、私は大学でなんと部活に入部したのです。

サークルではなく部活。

新入生のオリエンテーションの時に、あれよあれよとという間に連れていかれて入ったのが弓道部でした。

でも、ここで今でも仲の良い友達を作ることができたし、何しろ人生初めての彼氏もできました。

そう、私の中で何かがパーンと弾けて、開花したのです。

言うなれば、大学生デビューということでしょうか。

そうなると男子恐怖症も薄れてきて、男子とも話ができるようになりました。

でも、基本は人見知り。部活の仲間以外の人と仲良くなるのはやっぱり難しかったですが…。

それでも今までよりは明るく、ハツラツとなり、人生が楽しいと思うようになれたんです。

就職氷河期の呪い

そんな楽しい大学生活も、就職活動と共に終わりを告げます。

私の就職活動の頃は、就職氷河期の真っ只中。

なかなか希望の就職先はありませんでした。

というのはよく聞きますが、私は自分がどんな仕事をしたいのか、まったくわからなかったんです。

大学に入学した時は、将来マスコミ系で働きたい!と思っていたのですが、大学生活を謳歌しているうちにその夢も消え、自分は何がしたいのかさえわからなくなっていました。

周りと同じく右にならえで就職活動していましたが、業種に一貫性はなし。

あえて事務職ということで探していたくらい。

こんなんだから周りがどんどん決まっていく中で、なかなか決まらず。

事務職ということだけで受けた会社にどうにか就職が決まりました。

でも、こんな行き当たりばったりな就職活動だから、すぐに大きな壁にぶち当たります。

その後は仕事という壁が、ことごとく私に立ちはだかるのです。

私の仕事遍歴は以下↓↓↓のようになっています。

【ことらの仕事遍歴】

新卒で電気機器を扱う商社に正社員で入社しましたが、配属先の上司と折が合わず、体調不良で5ヶ月で退職することに。

いきなりのドロップアウト。自分は社会不適合者なのではないか?と落ち込みました。

医療系器具のメーカーに正社員で再就職するも、同じ部署の同い年の女性にイジメられて、1年2ヶ月で退職。

そして、大学時代から付き合っていた初めての彼氏と破局。

精神的にも一番つらい時期でした。

今後はパソコンの時代だ!と一念発起して、パソコン教室に通う。

なかなか正社員での採用が決まらず、思い切って派遣社員の道へ。この派遣という働き方は私にとってはとても働きやすい形で、以後、会社は変わるけど派遣という働き方でずっと仕事をしていました。

ボーナスはないけど、場合によっては時給もアップするし、交通費が出る時もある。時給もそんなに悪くない。

正社員より不安定な部分があるけれど、

  • 残業ない(という職場を選べる)
  • 休みが取りやすい(という職場を選べる)
  • 期間が決まっているので人間関係のしがらみに捉われない(イジメられた経験から)

という点で、私にとっては正社員よりも魅力的な働き方でした。

リラクゼーションスタッフとして働く道

しかし8年間、派遣を辞めてリラクゼーションスタッフとして働いていた期間があります。

なぜリラクゼーションなのか。

何か習い事をしたいと探していた時に、リラクゼーション系の学校が目に入りました。

いつまでも事務として働いても、年齢的な制限が来る。

もし、結婚したとして、旦那さんが不慮の事故などで亡くなったり、働けなくなったらどうする?

手に職をつけた働き方がいいのかも!

から思い立って、派遣を辞めて、貯金を下ろして学校に通うこと3ヶ月。

リラクゼーション系のサロンで働き始めました。

元が人見知りなのに接客業とはかなり無謀でしたが、今までで一番長く続いた仕事です。

手に職があるというのは自分の中でも自信に繋がっていたし、気の合うお客様との会話は楽しいものでした。

でもそれ以上にストレスも多いし、給料未払いの時期もあったし、スタッフ同士のいざこざもあったりで決して良い状況ではなかったです。

サロンでの仕事は約8年ほど続けたのですが、給料未払いや店舗のオーナー変更なども重なりサロンを退職して、貯金を下ろして小さいながらも自分でお店を始めました。

正社員を選ばなかったワケ

私は仕事をするうえで決めていたことは、残業がなるべくなく、休みが取りやすい職場です。

なぜならば、ライブとフェスのため。

本当、仕事は音楽のためと思っていた30歳からの5年間はそんな状態でした。

ライブ仲間もでき、本当に楽しくて幸せでした。

この時点で私はまったく結婚する気はナシ。

実家暮らしだったので、早く結婚して欲しい親(ほぼ母親)と毎日のようにバトルでした。

この時期は音楽があったから楽しく過ごせていたけど、何もなかったら親との軋轢で精神的にまいっていたかも・・・。

それでも、自分は縛られる働き方は向いていないというのは感じていて、それが今のネットビジネスに繋がっているのかなというのは強く思います。

結婚はタイミング!

そんな時期を過ごしていた37歳の時、一番古い友達の旦那さんがガンで亡くなりました。私の一つ年上の方でした。

亡くなった日の朝の電話のやり取りは今でも覚えています。驚きとショックと、電話の向こう側で泣く友達になんと声を掛けたらよいか。色々なことが衝撃過ぎて、言葉になりませんでした。

葬儀に出た時、「顔を見ていってあげて」という友達の声で、亡くなった旦那さんのお顔を見ました。

闘病の様子は聞いていたのですが、そのお顔は奇麗だったんです。幸せだったんだな、と感じたんです。

その時に強く思ったんです。

死ぬときに一人は嫌だ。好きで一緒になった人に見送ってもらいたい、と。

どう考えても親は先に亡くなりますし、私は兄がいますが結婚して家庭があるので、今の私のままだと一人だな、と。

そこから婚活を始めました。結構必死に。

そして、出会ったのが今の旦那さんです。

出会いは婚活サイトでした。

そして、旦那さんは障害がありました。『パーソナリティー障害』、精神的な病気です。

パーソナリティー障害にはいろいろなタイプがあるのですが、旦那さんは回避性パーソナリティー障害です。

回避性パーソナリティ障害は、重度の自意識過剰や不安などにより、あらゆることに臆病になってしまうことが特徴です。他人からの否定や批判されることを恐れるあまり、それらのリスクを伴う社会的行動や発言を回避する傾向がみられます。

反面、愛されたい、受け入れられたいという思いが強く、失敗して傷つくことを極端に恐れ、対人関係を築くことにも消極的で、人とうまく関われないことが多いとされます。

病気スコープから引用

出会って3ヶ月で結婚を決めて、5ヶ月後には同棲して、1年後に結婚式。

結婚を機に、独立して始めたリラクゼーションサロンを閉めました。

自分のお店というと「すごいね!」「羨ましい!」などと言われましたが、現実は全然お客さんがこなくてマイナス状態。

なので、結婚を機に給料が安定してもらえる派遣社員に戻りました。

今の会社も最初は派遣でしたが、3年の契約期間満了となるので新しい派遣先に移ろうと考えている中、コロナ渦となりました。

3年同じ会社にいると、派遣は契約が終了となるので場合によっては直雇用の打診があります。(会社によりますが)

私も直雇用での契約社員の打診があり、現在の状況や年齢的なことも考えて契約社員となり、現在に至ってます。

転換期~ネットビジネスに出会う~

結婚生活は大変なこともありますが、それなりに楽しく過ごしています。

ただ、楽しいだけでは生活はできないのです。

我が家の生活費はほぼ私が頼りとなっています。

旦那さんは病気の影響で、長く会社に勤めることが難しのです。

そうなると、旦那さんの給与をあてにすることは難しい…。

しかし、私の給与も時給なので月に17万くらい。

毎月赤字になることが多いのです。

お金がないということは、それだけでケンカの種になるんです。

我が家のケンカの原因の多くはお金のこと。

自分が独身の時から貯めていた貯金がドンドン減っていくのを見ていると、たまらないくらいの不安感に襲われます。

でも、これ以上どうしていけばよいのか。

昼間働いて、夜働く生活をしなければならない。でも、そんな体力が自分にはないし…。

そんな時に出会ったのがネットビジネスです。

家にいながら仕事ができる。

しかも、きちんと勉強すれば今の給与くらい、いやそれ以上の収入も可能になる。

 

はじめはアフィリエイトでの収入を考えていたのですが、Twitterで偶然見かけた方のプロフィールに目が留まり、その人のツイートやブログを見て虜に!

この人についてよく知りたい!というところから、私のネットビジネスが始まったのです。

その人のメルマガに登録して、毎回送られてくるメルマガの内容の濃さに驚きました。

まだネットビジネスを始めたばかりだという人なのに、その知識の多さと相手に対する与える(ギブ)の精神。

私より全然歳は下なのに、そんなことも関係ないくらい、私にはネットビジネスの先生です。

その人の教材も購入して、ともかくその人のようになりたい!と強く思ったのです。

自分にとって尊敬できる人がいると、その人を目指して動くことができます。

自分の目指す人の真似をすることも、ネットビジネスを成功させる要因の一つになります。

正直、お金の面ではなかなか大金を突っ込むことはできない生活なのですが、バカスカ購入できなくても、本当に必要な教材は吟味して購入しています。

私のようにお金がない方も、尊敬のできる方を見つけて、その方を追いかけていく熱量があれば道は開けます。

ただし、最低限の支出は必要です。(サーバーなどのネット代など)

直接コンサルしてもらっている人よりは遅い歩みとなりますが、確実に前進していますよ。

自分の理想とする人生や働き方のために、時間をやりくりしながらのネットビジネスの勉強は、絶対に今後の自分の大きな糧となります。

ネットビジネス挑戦中の現在

現在は、尊敬する人のメルマガやYouTube、ブログ、そして教材を使って勉強をしています。

3足のわらじを履きながらの勉強は、なかなか時間を取ることができません。

しかし、毎日1~2時間でも続けることが大事です。

忙しさはマックスですが、自分の理想のための勉強は楽しいものです。

そして、ネットビジネスで成功した後の生活を考えるのは幸せです。

 

勉強は苦痛に思うかもしれませんが、仕組みの勉強はオンライン上の勉強だけでなく、オフラインでも使うことができるので、広くビジネスで活用できます。

しっかり学べば、どこでも応用ができる。

今は自分の人生についてだけを考えているけれど、もしかしたら、仕組みを学んだあなたをどこかで待っている会社や店舗があるかもしれません。

楽しそうな仕事があなたのもとに舞い込んでくる可能性もあるんですよ!

 

ここまで自己紹介記事を読んでくれた方は、

今の自分の状態を変えたい!人生を良くしたい!と思っている方だと思います。

私と同じような悩みを持っている方、同じような働き方を目指している方には、

きっとお役に立つことができます。

 

ここまで長い長い自己紹介記事を読んでいただき、ありがとうございました。

このブログがあなたの目に留まり、あなたの理想の人生に結びつくことができたら幸いです🍀

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